最優秀作品「永遠の母」 吉良佳奈江さん~第4回・韓国文学読書感想文コンテスト
最優秀作品「永遠の母」 吉良佳奈江

 “あなたは”という主語に最初から胸をつかまれる。それは筆者を連想させる作家である長女を指す言葉であると同時に、読んでいる私を指しているようにも感じたからだ。そして物語が他人事でなく胸に迫ってくるのは、この“あなた”の効果でもあり、私たち全ての読者に母がいて、みな母に感謝しつつ、少なからず申し訳ない思いを抱いているからだろう。

 こうして私たち読者は、小説の中の家族と同じように緊張し、焦りながら物語を読み進めることになる。しかし“あなた”=私たちは本当にオンマを見つけることを望んでいただろうか。望んでいたとしたら、それは最初の何ページまでだろうか。
 もちろん、ソウル駅で別れたままの元気なオンマに会えることを願っていたのは間違いない。しかし、元気だと信じたかったオンマには脳卒中の既往があり、ひどい頭痛の発作にさいなまれていたこと、道案内になるであろう文字が読めなかったことが明らかになり、オンマがいなくなってから時間が経過し季節が巡っていくにつれて、その希望はひどくはかないものになっていく。いや、はなから、はかない希望だったのかもしれない。
―母さん(オンマ)の行方が分からなくなって一週間目だ。
 最初の一行目から、私たちはすでにオンマに会うことをあきらめて、いや、オンマに会えないことを覚悟していたのだろう。
 オンマがいなくなったことさえ四日後に知った“あなた”は思っただろう。「どうしてもっと早く知らせてくれなかったの?」と。ソウル駅にオンマを残して地下鉄に乗ってしまった父親は思っただろう。「どうして振り向かずに乗ってしまったのだろう。」と。ソウルにいた子供たちだれもが思っただろう。「どうして迎えに行かなかったのだろう。」と。
 「どうして、あの時に。」取り返すこともやり直すこともできない後悔の中で、“あなた”たちはオンマを探し続けるしかない。
 歩きすぎたからか、ブルーのサンダルが足の甲に食い込んでいたという、その傷が骨が見えるほどに膿んで拡がり、ひもじさからゴミ箱の海苔巻を拾って食べていたという、痛々しい姿のオンマに“あなた”たちは本当に会いたかっただろうか。
 探しに来るのが遅いと薬局の主人に叱られた“あなた”たちは、オンマがそこにいないことを確かめるためにその場に向かったのではないだろうか。変わってしまったオンマに会うのがこわくて。正直私は読んでいる間中、最後までオンマが見つかるのが怖かった。オンマを探す物語なのに、オンマに会えないエンディングにほっとした。

 年老いた両親が亡くなり、悲しみ、弔う。そうやって、思い出話をしながら、私たちの多くは両親を見送るのだろう。ところが、“あなた”たちは、オンマの死に直面することはない。オンマが元気で生きて帰ってくることには、ほぼ絶望しながらも、決定的にオンマを失うことはない。オンマの行方不明によって、これまで気にかけてこなかったオンマの生を振り返り、オンマが与えてくれた無償の愛に気づき、“あなた”たちは永遠のオンマを手に入れたのだ。
 心の中でしか話しかけることのできないオンマに“あなた”たちは何度となく謝ることだろう。
オンマのように生きられなくてごめんなさい。検事になれなくてごめんなさい。一緒にゆっくり歩いてやれなくてすまなかった。いつも、子供たちに謝ってたオンマに、“あなた”たちはいつまでも心の中で謝りつづけるだろう。私たちも自分の母を思う。まだ間に合うだろうか。今の自分に何ができるだろうか。今度会ったら、この本の話をしよう。
物語は一章ごとに視点がかわるが、第四章がオンマの視点であることに気づくのは、軽い衝撃だ。鳥の視点を借りたオンマの視点に、私たち読者はオンマがもうこの世の人でないことを知る。ああ、やっぱり、とも思う。そして、“あなた”たちの知らないオンマの姿が描かれる。オンマの一生が決して与えるばかりの、がまんするばかりの、不幸な人生ではなかったと。夫に出会い子供たちを育て、忙しくて貧しくても幸せな人生だったと。それはオンマに対して謝ってばかりの“あなた”たちに向かって、謝らなくてもいいよ、という許しでもある。その許しが“あなた”たちに届かなくても、私たち読者は胸をなでおろす。そして、オンマの魂が、生まれ故郷の自分の母親のもとに帰っていく場面は悲しく、温かく、美しい。

 私たち女性は、何歳になっても母の前では娘に戻る。母親を幸せにするために早く一人前の大人にならなくては、と願う男性たちとは違う。女性は自分が大人になったからこそ、母もまた娘だったことがわかるのだ。母と娘は永遠の入れ子だ。ロシアの人形のように。私たちは母に抱かれる。母はその母に抱かれる。その母もまた。
 だから、オンマの魂は自分が娘だったころに、オンマの母と過ごした家に帰ったのだろう。ピエタ像のキリストのように、母の腕に抱かれるために。

 

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