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韓国の世界文化遺産
韓国の世界無形遺産
韓国の世界記録遺産
   ユネスコは世界的に価値がある記録物のリストを作り、その記録遺産に「世界の記憶」というラベルをつけ、デジタルデータ化する活動をしています。2007年に朝鮮王朝儀軌と八万大蔵経板の2つの記録物が世界記録遺産に登録され、韓国では7個の世界記録遺産があります。

   韓国の世界記録遺産は記録そのものの意味より、資料的価値、社会的影響力としての意味があるものが多く見られます。それは「文」を重要とした韓国の文化が反映されているとも言えます。

  韓国の世界記録遺産

【訓民正音】

【朝鮮王朝実録】

【直指心體要節】

【承政院日記】

【八万大蔵経板】

【儀軌】

【東医宝鑑】
   




  訓民正音(훈민정음)
   「訓民正音」とは、今日韓国語として使用されている文字「ハングル」のことです。
朝鮮時代1443年に世宗大王が創り、1446年に「民衆を教える正しい音」という意味の「訓民正音(훈민정음)」と名付けて世に広げました。ハングル創成以前は、韓国でも漢字が使われていましたが、漢字は大変難しく、韓国語を完璧に表現することができなかったため、世宗大王はそれを大変問題視し、誰でも簡単に学べ、使うことができる文字を学者とともに研究し、ハングルを完成させました。
「訓民正音」には、ハングル創製の目的と新しい文字一つ一つの例えなどを含む、学者たちによる詳しい説明と用例が載っています。


  朝鮮王朝実録(조선왕조실록)
   「朝鮮王朝実録」は朝鮮王朝の始祖である太祖から哲宗まで25代472年間(西暦1392~1863年)の歴史を年月日順によって編年体で記録した本であり、朝鮮時代の政治、軍事、制度、経済、社会、美術、など各方面の歴史を語っている全1,893巻888冊から成る韓国最古の歴史記録物です。
特に、「朝鮮王朝実録」は歴史記述においてとても信憑性が高い歴史記録物として重要な意義を持っています。その理由は、基礎資料の作成から編述までの編集作業を行う士官には、独立性と記述の秘密性が制度的に保証されたからです。記録の真実性を守るために、当時の王でさえその記録を見ることはできず、国王死後次の王の時代に内容が編集されてきました。


  直指心體要節(직지심체요절-하권)
   「直指心體要節」は、ドイツのクテンベルクの 「42行聖書」より78年も先に、刊行された現存する世界最古の金属活字本です。「直指心体要節」の本来の名称は、「白雲和尚抄録佛祖直指心體要節」であり、略して「直指」とも呼ばれます。白雲和尚が師匠の石屋禅師を継承し、仏道を広く述べ伝え、後学らを啓導するため「直指」を編纂したと考えられています。


  承政院日記(승정원 일기)
   承政院とは朝鮮の定宗代に設立された機関として国家のすべての機密を扱った国王の秘書室ともいえる所です。ここの記録である「承政院日記」には、1623年(仁祖1) 3月から1894年(高宗31) 6月まで272年もの間、承政院で処理した国政記録と承宣院、宮内府、秘書監、奎章閣と名称を変えながら1910年(隆熙4)まで全3,243冊の記録が残っています。
つまり、「朝鮮王朝実録」が国王死後士官たちによって編集されたものなら「承政院日記」は当時の政治・経済・国防・社会・文化等に対する鮮やかな歴史をそのまま記録した朝鮮時代の貴重な史料であります。


  八万大蔵経板(팔만대장경판)
   「八万大蔵経」とは、高麗時代に仏経をまとめたもので、正式名称は「高麗大蔵経」ですが、経板の数が八万余りに及ぶことから「八万大蔵経」と称されます。ちなみに、八万余りという数字に関しては、仏教で言われている人間が抱いている煩悩の数だと思われます。「高麗八万大蔵経」は高麗時代にモンゴル軍の侵略などに対して国民の心を一つにし、仏の力を借りて戦争の惨めさから国を救い、国を立て直そうという祈願から国家を挙げての事業として造成された仏教木経板です。
「八万大蔵経」はその内容だけではなく、世界印刷術や出版物に多大な影響を及ぼしたことからも価値があると言えます。


  儀軌(조선왕조 의궤)
   「儀軌」とは、朝鮮王朝時代、国家の重要な行事がある際に、後の参考にするため残す記録文書のことです。朝鮮王朝では大きな行事がある度に、臨時機関である都監を設置して、その行事を一任し、行事が終わると都監を解体して儀軌廳を設置して「儀軌」の編纂を任せました。
朝鮮王朝の「儀軌」は国家の重要な事業に関することが記録されていることから、王が閲覧するのを前提とされているため、当時の最高水準の専門化によって装丁されました。また、朝鮮王朝時代の主要行事に関するすべての内容が記録されているため、経済、政治、美術、音楽などさまざまな分野における総合的な研究資料としても価値があります。


  東医宝鑑(동의보감)
   『東医宝鑑』は宣祖30年(1597)王の病と健康問題を司る医聖・許浚(ホジュン / 1539年~1615年)が宣祖の命を受け、それまで様々に分かれて進展していた中国と韓国の医学書を体系的に整理し、16年をかけて完成させた医学書である。全部で25巻・25冊あり、木製活字が使われている。
許浚は宣祖7年(1574)医学の科挙に受かり、翌年には内医院の医官となる。1592年、壬辰倭乱(文禄の役)の際には宣祖の侍医としてその功が認められ、功臣として高官に推戴されるも、中人身分には過ぎた待遇であると世論が騒ぎ、取り消されたこともあった。
『東医宝鑑』は彼が官職から退いた後、16年間の研究の果てに完成させた韓医学の百科事典的な書物であり、他にも中国の医学書の翻訳にも大きな業績を残した。
『東医宝鑑』は、疾病ごとに処方が記載されているため活用しやすくなっており、東アジアの実情に合った医書ということで、『東医宝鑑』と名付けられた。本書は中国と日本にも紹介されており、現在でも韓国最高の韓方医書として認められている。また、1613年に刊行されてから約400年が過ぎたが、当時のままに保存されており、現代医学知識の中でも体系的に再解釈され、医学の発展のための研究の基礎になっている。この独創性や世界史的重要性などが認められ、国立中央図書館(25巻25冊/宝物第1085号)と韓国学中央研究院(25巻25冊/宝物第1085-2号)が所蔵している『東医宝鑑』の初版完本が2009年7月にユネスコ世界記録遺産に登録された(2009年7月31日)。


 
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